好奇心の発露


by shes_inn
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お花見2008

いきなり咲きはじめ満開になった桜。
もちろんお花見です。
早めにMちゃんが場所を確保してくれ、午後1時頃から。
いい桜でした。
4時半くらいに我が家に引き上げ、おなじみ餃子パーティー。
8時半くらいに『カラオケ行こう!」ということになり、11時まで歌いました。
あー、またなんですが、このメンバーだと必然的に歌う曲は矢沢永吉オンリー。
しかし、驚いたのは、一昨年のライヴでいきなりはまってしまったSくん。大学時代から知っている(一緒にみんなで海水浴に行った仲間です)男子ですが、先日の東京マラソンに参加して、3時間58分で完走。マラソンオタクです。子どもが4人いますが、バブルがはじけて大手の保険会社や損保がつぶれましたが、その犠牲者ですね。
でも、基本的にマラソンオタクナノで(笑)、走って仕事して元気です。
そいつが、カラオケで渋い曲まで知っていて歌っていたのに驚き。はまっちゃったねえ、本当に。
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by shes_inn | 2008-03-30 13:22 | 出来事

どうしてなんだ?

今日、朝、いきなり辛い知らせを聞いた。
若い人の死はいつでも心が痛くなる。
デモンストレーターの御園かおりさんが亡くなった。
あまりにお若い。残念で仕方がない。
御園さんは、エレクトーンが大好きな人なんだ。
彼女はとても聡明な人で、確か有名大学の理数系の出身で、なのに、エレクトーンデモンストレーターとなった変わり種。しかも、得意な音楽は演歌という非常に愛すべき庶民派で。とある楽器店の社員とご結婚されてお幸せかと思っていた。
本当にかわいそう。ご冥福をお祈りします。

脳腫瘍というご病気だった、という話もある。直接話したわけでないので、伝聞だが。
私の母がくも膜下出血で大学病院に入院していたとき、4人部屋に私と同級の女の子が脳腫瘍で入院していたのだった。
私はまだ18歳で、大学1年生だった。母が発作で倒れ、1カ月地元の病院で耐えに耐え、ベッドがあいてようやく大学病院に入院した、その部屋だった。
母は、手術をするための入院で、よくなることが前提で、私は夜、母のそばにずっといる役割だった。父が昼間番で私は夜の番だった。
実は毎日のことはよく覚えていないのだが、覚えているのは、彼女のことが多い。同じ年で、高校は違うが、同じ県立の女子校出身で、共通の知っている先生もいた。
私は健康で、健康だけに彼女にとっては辛かったのではないかというのは、今だから言えることだ。ふたりで話もした。私は彼女のために何かしたかったのだ。
でも、傷つけるようなことをした。
彼女に絵本を読んでみてと言った。
「ごめんね、読めないんだ。ものがだぶって見えるから」
そう、病気のせいでものがだぶって見える、「天井を見ると時々こわいんだよ。虫がわーっと這っているみたいだったりするんだ」
私は戦慄した。ひどく動揺した。ただ、きれいな絵本を見せたかったのだけど。
一度病院の中庭に一緒に行ったこともあった。5階だった病室から少し歩いてエレベーターに乗って中庭にでた。しかし、彼女にとってはそれは大変なことだった。
すっかり疲れてしまい、翌日熱を出してしまう。
夜通し、ベッドにテントが張られ、辛そうだった。なんてことをしたのだろうと思った。

彼女にはおばさんが付き添いでいた。ごくたまにお父さんが見舞いにきた。
私が見てもそれは辛そうだった。痛々しかった。かわいい娘を見舞うのがどんなに辛いか、そう見えた。
でも、そういうお父さんを見る彼女こそ、どんだけ辛かっただろうか。
頭の毛は薬のために抜け、体は40キロを割るくらいのスレンダー。
「私とっても太っていたんだよー」って冗談みたいに言った彼女。
母は手術後退院し、彼女はそれからしばらくして自宅に戻り、亡くなったと噂で聞いた。

彼女は脳の内側に腫瘍ができ、手術ができなかったのだと聞いていた。水が脳から出るので、チューブで水を腸に流しているのだと言っていた。

今では、医学もずっと発達しているだろう。
だから、病気に今だったら勝てているのかもしれない。
御園さんの話を聞いたら、彼女のことを思い出して、よけい辛い。悲しくって仕方がない。

本当にご冥福をお祈りします。
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by shes_inn | 2008-03-29 00:12 | 出来事

年老いる

叔父は、2004年の10月23日に亡くなった別の叔父の葬式のときに最後にあった。

あれから3年半、集まった叔父や叔母たちがその間ですごく老いていたのを痛感したのだ。いとこたちにしても、私を含め歳は隠せない。
父は左手足がしびれるのを苦にして遠くへ出たがらない。今回も出ないから私に代わりに行けと言っていた。でも、まあ、行ってみようかなという気になってくれて、私が夕べ実家に帰り、今朝、父が運転する車で高速道路を使って前橋近くの葬祭場へ。
しっかり運転もするし、大丈夫なのだが、やはり助手席に誰かがいないと不安なようだ。私とて少し遠出をひとりでさせるのは心配だ。
告別式と繰り上げの初七日をすませ、焼き場へ行くのを見送って、ほかの親戚より先においとまさせてもらう。
きっと、場が持たないし、疲れるのもあるだろうが、生活のテンポがそのために乱れるのがたまらなくいやなのだろう。
わがままと言えばわがまま。でも、そういうところは若い頃からだし、性分だから仕方がない。でも、もういい年なのだからわがままでもいいと思うのだ。人に迷惑かけるわけじゃない。

それでも、今回葬儀に出られたことが本人にとってもよかった。自分でもそう言っている。出ないことは、実際心にはきずになる。出られてすっきりするのだ。
もう、親戚のみんなと会えないかもしれないしね。来てくれない限り、自分から出かけるとは思えないし。
しかし、本当にちょっとショックなくらい、叔父叔母たちが老け込んでいたなあ。仕方がない、亡くなった叔父は80歳、父と母は77歳。母には、帰ってから報告に行った。わかってはいるのだろうけど、実感としてはわいていないんだろうな。

亡くなった叔父さんは、いいお顔をしていた。昨年秋に入院し苦しいときもあったようだが、最後は安らかに眠るようだったそうだ。

冥福を心から祈る。合掌・・・・
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by shes_inn | 2008-03-28 00:22 | 出来事

素晴らしい谷川岳

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叔父が80歳で亡くなり、葬式に。
その帰りです。快晴に谷川があまりに気高く美しいので。
まあ、携帯ですから限界ですが。
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by shes_inn | 2008-03-27 15:06

忙しい週末

土曜日は、コンクールのライヴ。
中国からやってきた青年が素敵な演奏だった。人間性って、出るよね。
結局音楽は聴きたい音楽と聴きたくない音楽があって、聴きたいのは「どうよ!すごいだろう?」っていう演奏ではなく、聴いて心地よい音楽なのだ。
若い人の演奏では、時にそのエネルギーを浴びるだけで幸せになる演奏もあるが、それは、明るさがつき抜けた場合だろう。

で、この日は、なんと、夫の母と兄夫婦がやってきた。私は朝から掃除しておつまみつくって、頑張ってからコンサートへ。私のいないときにみんながやってきて先に食事している。私は急いで帰る。
あ、言っておきますが、お客様が来てくれるのは全然いやじゃないの。ただ、泊まるには狭いのよ、我が家。そこだけ。
で、けっこう帰ってから飲んで食べた。で、私は言いたいこと言って、兄にちょっとむかついたのね(笑)。いじめちゃったよ。だって、恵まれているんだもの。定年退職後、3年間はもとの職場で勤められるのだけど、お給料が半分とか1/3で、仕事もやりがいないってこぼすの。でもさあ、もとが1000万円の年収ならいいじゃんねえ。その分、働く時間だって少ないわけだし。それなのに、ぐちぐち。いいなあ、高校の先生って。まあ、長く頑張ってきたわけだし。その待遇自体に文句はないけど、でも、それに対して文句は言うなよ。って感じ。
できれば、その経歴を社会に還元する方向に生かして、自分で仕事を作っていくべきだと思うの。先生時代、上からのプレッシャーに、言われるがままに甘んじていたわけなのだから、やりたいこと、志を今こそ発揮して、ボランティアでいいからやってちょうよ、やりがいのあることを。

そんな感じで、「今の日本のみっともない政治や経済状況の根源は30年間の教育の成果だ」って言ってやった。いじめちゃったよー。

で、昨日は兄夫婦が休みの日につきあわせたら悪いって遠慮して、10時頃帰るって言うのを押しとどめ、私が案内すると言って、龍子記念館に。アトリエの公園のほうも案内してもらえ、大満足。お母さん大喜びで、よかった。そのあと、池上本門寺へ。ここにも喜んでもらう。まあ、大きなお寺だしね。自動車だったので、横浜まで行き、中華街で食事。兄さん夫婦、優柔不断でメニューがなかなか決まらず、結局私が仕切ってしまった。「さすが、決断早いね」って、あなたたちが遅いのでは?
食べ終わってさよならしたあと、調味料やチャーシュー、蜂蜜買って帰りました。
いやー、疲れた。

しかし、上記の書いたのを読んでみると私はどうもいかんね。もう少し、しとやかというか、やさしいほうがいいね。う〜〜〜ん。こんな嫁でよく皆様大目に見てくれているものだ。
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by shes_inn | 2008-03-24 22:48 | 出来事

20年はあっという間?

平部さんのChamber Tone10回目、つまり20年あまり頑張っているということです。その歩みは尊敬するべき道のりだと思います。
で、今年のは楽しかったです。どちらかというと、このシリーズ、面白いタイプのリサイタルじゃないんですよね。ちょっとむずかしかった。
でも、今年は構成も楽曲も演奏も庶民的(?)になって、楽しめました。
というか、明るくて、さわやかで。それはきっと、平部さんの幸せオーラがものを言っているのだと思います。お幸せそのもの。うらやましい。

とまあ、軽口はさておき、(別に嘘ではないですよ、前述も)本当に素晴らしい内容のリサイタルでした。
トルヴェール・カルテットとの組み合わせもよかったのだと思います。
最初に、カルテットで「4つの自我」。これは、平部さんがサックスカルテット用に書き下ろした楽曲で、ソプラノ、アルト、テナー、バリトンのサックスがそれぞれが『自我』をしっかり表現しつつ、アンサンブルとして成り立つという曲で、とても楽しくアカデミックな曲。サックス界では、なかなか人気ということですが、そうとうの力量を必要とする楽曲ですよね。でも、さすが、トルヴェール・カルテット、素晴らしかった。
1曲目がこうでしたから。1部は、須川さんとのアンサンブルで2曲、ソロで先日松本淳一が弾いた「メビウス・サークル」など、どれも1曲、1曲クオリティの高い楽曲ぞろい。
休憩をとって、2部が最初からすごかった。難曲のソロを3曲ぶっ続けで演奏! もう、3曲続けて弾くタイプの曲じゃないのに・・・。
速いパッセージがお好きとは思っていましたが、何とも、すごい。
3曲目のバーバーのピアノソナタかな、編曲・演奏者としての力技!

そのあと、トルヴェール・カルテットで新曲「ダイズ」。これも面白い曲で、さすがの演奏。最後は、全員で。いやー。明るい。
アンコールでは、須川さんと「マイ・ファニー・バレンタイン」。映像もおしゃれで素敵な気分でした。最後の最後は、ソロで昔の曲を。リズミカルな楽曲で締めくくり、エレクトーンここにあり。

ここまで、明るくさわやかで、前向きなリサイタル、聴かせていただき、ありがたかったです、ホント。
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by shes_inn | 2008-03-22 01:19 | ライヴ

今日のデザート

お土産に風来坊の手羽先を買ってきて、サラダとやはり土産で買った八丁味噌を混ぜて入れてみたみそ汁と夕ご飯。
a0064290_2313433.jpg手羽先はちょっと油っぽいので、デザートとしてグレープフルーツスープを。
これは、テレビで見て作ってみたかったの。

さっぱりとおいしかったです。
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by shes_inn | 2008-03-20 23:14 |

名古屋からの帰りです

N700新幹線車中です。
さっきの書き込み、最後意味不明でしたね。
○さの…さんは、若い頃脳こうそくで、倒れ、まだおじょうちゃんは小さくて奥さんはさぞかし不安だったことでしょう。
その後看病の甲斐あり仕事にも復帰し、2人の息子も作って会社も起こし順風かと思った頃、奥さんが病に倒れ、あっという間に帰らぬ人に。
毎年写真を撮っていたのは、きっと病気のデパートみたいな旦那さんの記録という意味合いが強かったと思う。
それなのに元気いっぱいで明るくて、病気とはまったく縁のなさそうな奥さんが、先に逝ってしまった。
残された○さの…さんが、毎年撮りためた写真を大事にして見ていると思ったら(T^T)
たまりません。
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by shes_inn | 2008-03-20 18:29

夫婦円満

今日は名古屋出張です。
お嫁に行ったKちゃんが名古屋なので、お昼に誘って付き合ってもらう。
そしたらレストラン街が昼前なのに大混雑。ラッキーにイタリアンのお店に入れたけどけっこうタイトな時間になってしまった。
おしゃべりもそこそこに地下鉄方面に向かうが足をひっかけて転倒。地下鉄のキップ売り場は長蛇の列、さらにキップをとりそこねてしまうはで、予定の電車に乗り損ね(T^T)

今車中です。

で、書きたかったのは、Kちゃんから聞いた話。

大先輩の○さの…さん、彼女に写真立てをお祝いにあげた。彼は毎年奥さんと正月に写真屋さんで写真撮ってたのだ。

悲しくなった。
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by shes_inn | 2008-03-20 13:50

息子 卒業

今日、卒業式でした。もう、出てませんよ!
大学生ですから。大人ですから。

でも、早く帰ってくるとメールがあったので、お祝いをしました。

いいマグロを買って、千疋屋のマスクメロンのババロアホールを買って、ビールと日本酒を買って帰りました。マグロおいしかったあ。メロンおいしかった。日本酒もね。

なんか、うれしいです。うれしいなあ。

おめでとう!
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by shes_inn | 2008-03-19 22:51 | 出来事