好奇心の発露


by shes_inn
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どうしてなんだ?

今日、朝、いきなり辛い知らせを聞いた。
若い人の死はいつでも心が痛くなる。
デモンストレーターの御園かおりさんが亡くなった。
あまりにお若い。残念で仕方がない。
御園さんは、エレクトーンが大好きな人なんだ。
彼女はとても聡明な人で、確か有名大学の理数系の出身で、なのに、エレクトーンデモンストレーターとなった変わり種。しかも、得意な音楽は演歌という非常に愛すべき庶民派で。とある楽器店の社員とご結婚されてお幸せかと思っていた。
本当にかわいそう。ご冥福をお祈りします。

脳腫瘍というご病気だった、という話もある。直接話したわけでないので、伝聞だが。
私の母がくも膜下出血で大学病院に入院していたとき、4人部屋に私と同級の女の子が脳腫瘍で入院していたのだった。
私はまだ18歳で、大学1年生だった。母が発作で倒れ、1カ月地元の病院で耐えに耐え、ベッドがあいてようやく大学病院に入院した、その部屋だった。
母は、手術をするための入院で、よくなることが前提で、私は夜、母のそばにずっといる役割だった。父が昼間番で私は夜の番だった。
実は毎日のことはよく覚えていないのだが、覚えているのは、彼女のことが多い。同じ年で、高校は違うが、同じ県立の女子校出身で、共通の知っている先生もいた。
私は健康で、健康だけに彼女にとっては辛かったのではないかというのは、今だから言えることだ。ふたりで話もした。私は彼女のために何かしたかったのだ。
でも、傷つけるようなことをした。
彼女に絵本を読んでみてと言った。
「ごめんね、読めないんだ。ものがだぶって見えるから」
そう、病気のせいでものがだぶって見える、「天井を見ると時々こわいんだよ。虫がわーっと這っているみたいだったりするんだ」
私は戦慄した。ひどく動揺した。ただ、きれいな絵本を見せたかったのだけど。
一度病院の中庭に一緒に行ったこともあった。5階だった病室から少し歩いてエレベーターに乗って中庭にでた。しかし、彼女にとってはそれは大変なことだった。
すっかり疲れてしまい、翌日熱を出してしまう。
夜通し、ベッドにテントが張られ、辛そうだった。なんてことをしたのだろうと思った。

彼女にはおばさんが付き添いでいた。ごくたまにお父さんが見舞いにきた。
私が見てもそれは辛そうだった。痛々しかった。かわいい娘を見舞うのがどんなに辛いか、そう見えた。
でも、そういうお父さんを見る彼女こそ、どんだけ辛かっただろうか。
頭の毛は薬のために抜け、体は40キロを割るくらいのスレンダー。
「私とっても太っていたんだよー」って冗談みたいに言った彼女。
母は手術後退院し、彼女はそれからしばらくして自宅に戻り、亡くなったと噂で聞いた。

彼女は脳の内側に腫瘍ができ、手術ができなかったのだと聞いていた。水が脳から出るので、チューブで水を腸に流しているのだと言っていた。

今では、医学もずっと発達しているだろう。
だから、病気に今だったら勝てているのかもしれない。
御園さんの話を聞いたら、彼女のことを思い出して、よけい辛い。悲しくって仕方がない。

本当にご冥福をお祈りします。
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by shes_inn | 2008-03-29 00:12 | 出来事