好奇心の発露


by shes_inn
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風林火山やら

今日もだらだらしてました。洗濯・掃除以外はDVDとテレビ。
夜見た「風林火山」は、音楽を中村幸代さんがやっていて、彼女とはもう、かれこれ10年以上前から顔見知りで。先日、この「風林火山」のレコーディングに行って、見せてもらったの。すごく勇壮な音楽で、彼女のイメージが広がった気がします。すっかりママになって、レコーディングでも堂々たるものでした。ますますきれい。ママになるときっともっと大きくなるだろうって思ってましたが、そのとおり。がんばってるのを見て、うれしくなって、今日を楽しみにしていました。
そんでもって、今日も一歩も外に出ず。私ほっとくとこんな感じで、平気なんですよね、実は。引きこもりも平気なの。そんな自分を知っているから、結婚して転職するときに、休みとらなかったんだな。今の会社の社長に1か月くらい後でもいいと言われたけど、すぐにと答えたんです。けっこう、家が好き。買い物嫌い。そう考えてみると、休日外に出る口実は映画とかお芝居が多くて、買い物はほとんど考えもつかない。仕方がなくって行くくらい。それも忙しくて休みも少ないからあんまりなくて、買い物は仕事の合間か帰りくらいが多い。
趣味、増やそうかな、と思うのは、こういう性格もったいない気もするから。
更年期の影響か、1年半前の死ぬほど忙しかったときに、不整脈と動悸を覚えてから、今では結構日常的に動悸がする。たぶん、たいしたことではないのだろうけど、この動悸があるとなんとなく、運動するのも怖い気がする。でも、そういっていても始まらないし。太り気味も気になるし。
血液検査をすると中性脂肪は正常範囲の下かギリギリ。いや、太ってるんですよ。体重もあるし、体脂肪なんかを体重計で測ると多い。でも、中性脂肪は低い。これは、甲状腺の持病を持っているのでそのためなのかと。持病も悪くないのかなあ。

で、何が言いたいかというと、息子が明日成人式。産んでから20年以上たつわけだ。早いなあ。歳とるわけだ。もう、更年期になっても全然当たり前なんだなあって。しみじみ思うのです。
息子は、1985年、少し予定より早く、2450グラムで小さく産まれた。ギリギリまでけっこう仕事と家事を一人で踏ん張ってたから、「ぴょんぴょん症候群」だと先生に言われた。でもね、うちの旦那なんて、おお馬鹿者で、お家にいて、お母さんや姑さんもいて、ふんわかしている妊婦に世の男どもが言うように、「あんまり甘やかしてはいけないよ」みたいなことを進言されたらしく、布団を干すから手伝ってくれと言っても手伝わないし、なんにも気遣いしないで、私に甘えきっていたんだ。これは、いけないよね。近所に誰も肉親もいなくて、心細いわけじゃない? それをそういう態度で家事一切ほとんどせずにいた夫に私は心底あきれたもんです。結果、無理をしてお腹がいつも張っていて、逆子で早産です。まあ、そんなにたいしたことはなかったんだけど、総じて、日本の国がそういう態度だったわけですよ。
仕事をしながら働くのは不利に思えることは多かった。だって、産休はたった前後2か月ずつの4か月。産休中は給料なし。うちの社長はそれを会社内の互助会のようなものを作っていて、半額弱は何とか出してくれていましたが。育児しながら働き始めると保育園に預ける時間早く帰るので、手当がぐんと減らされて、保育費は払い、税金はひとりものの人と同じ(扶養控除は夫に行くしね)。私は保育費は必要経費で税金控除になるかと思ってたらとんでもないし。産休後半年は個人の保育ママさんに預けていたから、けっこう多かったよ、保育費。保育園に入ったら、まあ税金の手助けあるわけで控除もなくて仕方ないかとは思うけど、税金で助けてもらっていない保育の手助けにかかるお金くらい控除しろよ! こういうのを必要経費と言わずに何が必要経費なの? 仕事をするために使っている訳じゃない?なんて思いましたよ。
でも、保育園はありがたかったです。仲間ができ、育児のいろいろを手伝ってもらって。子どもも自分でなんでもするようになるし。ひとりで育てたのではわからないいろいろなことをが助けになりました。楽しかったな。近所の人にも本当にお世話になりました。アパートの人がみんな優しかった。隣の老夫婦、息子と二人暮らしのお母さん、2階の先輩ママ、後輩ママ。
楽しかったけど、よく夢を見ました。歯が抜けて口の中でバラバラになる夢。保育園に迎えに行くのを忘れてしまい、焦る夢(なかったよ、さすがに実際は。でも、帰りが遅れてたったひとりで園長先生がみていてくれたことは何度かありました)。1日がすごい勢いで過ぎていったな。あ、これも夫はほとんど手伝わず。何回か迎えに行ってくれたことはあったけど。たぶん、自分が子どもなので、子どもを自分の子どもと自覚できなかったんだと思うの。お風呂でさえ、入れるのいやがっていたくらいだから。仕事も不規則な仕事なので、無理もないとは思ったし、めんどうなのよ、頼むのと戦うのが。ほんとうに。だったら自分でやったほうがまし。言わなくてもやってくれるんじゃなければ、ホントじゃないのよ、何事も。
おかげ様でうちの子は丈夫で、滅多に風邪も引かず、助かりました。自転車の二人乗りが、小さい頃のトラウマでできなかったので、2歳くらいからは歩いて2.30分かけて毎日保育園に行ったり、帰ったりしたのもよかったのかも。歩くのが大好きなやつに育っています。今でも(笑)。
小学校に入れば入ったで、迎えに行かなくてすむ分、心配はいっぱい。3年生までは学童に行っていたので助かりました。3年の時に、学童に通う子がひとりになってしまい、ちょっとチックっぽい感じになった時期が少しあったの。担任の先生がすごく安易に「学童をやめたら・・」みたいなことを言って、すごく腹が立ちました。じゃあ、ひとりで家に帰って、どうするの?って。
まあ、その先生熱血先生で、それから6年までずっと担任で、うちの子と真冬も半袖なのを争っていた、ちょっとお調子者でね。(うちの子は6年間、ほとんど半袖短パンで学校通っていたんですよ。だから、未だもってセーターに縁がない。着るということの発想がわかないみたい)4年になって、野球とバレーを始めて、放課後対策は少ししましたが、もう高学年になれば、ひとりで平気なもんでした。
保育園の頃から玄関掃除とゴミ出しは息子の仕事。高学年になって今の家に引っ越してからは、朝の新聞取りとお風呂当番、それと忘れちゃいけない、生協の引き取りも引っ越してからは息子が毎週やってくれています。それはもう、助かりますよ、実際。
塾には行かせなかったんです。あれはね、親が安心するためだって思ってたから。私の帰りが遅くて夕飯遅いので、あんまり説得力ないんだけど、塾のために夕飯がコンビニ弁当だとかいうのは大反対! 小学生が夜の9時頃塾帰りの電車に乗っているのを見ると何それ?と思う。家は何してるの?って。いつ寝るんだよ? それに学校で6時間目まで勉強して、そのあと何時間も塾で勉強して、何それ? と思うのです。もっと大事な時間の使い方があるんじゃないのか?って。
そうは言ってもじゃあ、うちの子が有効に時間過ごしているかというとそうでもないんだけどね。家で漫画読んだりテレビ見たりしているわけ。早く寝てたし、夜出歩くこともないから、夜の大人の暗い部分、見なくていいところは見ないですむ。小さい子が夜も怖くないっていうのも、怖いよね。子どもの頃には知らなくていいことって、いっぱいあるんだよね。
『ネバーランド』という映画で、子どもなんだけど、いろいろなことがあって知りつくして、いい子でかわいそうな子が出てくるの。知らなくていいつらさを耐えるんだ。そういう子はやっぱ哀しいよね。この映画の子の場合は、暗黒な部分と言うより、生きる上での試練だけど。
大人になったら知ってほしいこともいっぱいあって、うちも息子はそこが今となっては課題だけど。小さい頃から、夜の大人の世界の暗い部分にふれて、それでも強い子ならいいけど、子どもはそんなに強くないんだよね、きっと。後戻りできないことも世の中にはいっぱいある。もちろん、やり直しはできるかもしれないけどさ。青年になれば、火傷もたまには必要かもしれないけど。小学生はなしだと思うよ。
食べること、寝ること、自分の身の回りのことができること、笑うこと。家では少なくともそれを満たしてあげたいよね。
結果、息子は受験が苦手で、不器用なやつだけど、まあ、ひどく横道にはそれずに、健康で成人になったわけで、明日は寿司くらいはごちそうでお祝いかな。
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by shes_inn | 2006-01-09 01:11 | あれこれ